メンタル

【体験談1】うつ病とパニック障害に悩む人生を告白!

天津シンギ / Shingi Amatsu

どうも、天津です!

うつ病やパニック障害などの“心の病”を発症し、「いつも疲れていて休んでも回復しない」「自分を価値のない存在だと感じる」とお悩みではないでしょうか?

この記事では、シリーズに渡って「私自身のうつ病とパニック障害の体験」を告白します。

天津
天津

この記事は次のような人におすすめ!

  • 心の病に苦しんでいるのは自分だけではないのか知りたい
  • 将来が見えず、不安でいっぱいになる
  • 周囲の人に病気を理解してもらえない
  • 急に気分が良くなったり悪くなったりする

今回紹介する【体験談1】うつ病とパニック障害に悩む人生を告白は、シリーズ1回目となります。

シリーズを重ねるごとに、心の病を克服できるようなヒントが出てくるかもしれないので、ぜひ最後までお読みください!

それでは、どうぞ!

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初めてパニック障害を発症

私が中学3年生の頃に、初めてパニック障害(パニック症)を発症しました。

3年生のクラス替えでは、仲の良い友達と離れ離れになってしまったため、毎日学校に行くのが憂鬱だったことを鮮明に覚えています。

そんなある日、授業中に脳天から雷が落ちたような電撃が走り、心臓がとてつもない早さで鼓動をしたのです。

ドクン、ドクン、ドクッ、ドクッ、ドクドク・・・(苦しい)・・・自分は死ぬのか?

「先生、心臓が、心臓が!保健室に行きたいです。」

と声を震わせながら、必死で伝えました。

先生に保健室へ連れて出てもらい、ベッドで休むことになりました。

保健の先生に血圧を測ってもらったところ、異常な数値が出てしまいました。

(昨日はあまり眠れなかったせいか、疲れが出てしまったのかな!?)

母親に来てもらい、そのまま病院に行ったところ「異常なし」の診断が下されました。

2回目のパニック発作

朝起きた時は体調に何も異常がなかったので、学校に行くことにしました。

ところが前日と同じように、授業中に心臓がはち切れそうな早いリズムで鼓動したのです。

ドクン、ドクン、ドクッ、ドクッ、ドクドク・・・(苦しい)・・・自分の身体は、一体どうなってまったんだ?

再び先生に保健室まで連れて行ってもらい、そのまま病院へ直行するも「異常なし」の診断結果。

お医者さんから「異常なし」と言われたけど、どう考えても自分は異常な状態であることを確信していました。

それからというもの、日常が一変して過酷な生活を送るようになったのです。

過酷な日常生活
  • いつ心臓の鼓動が早くなるのか分からないことの不安感がある
  • 電車に乗るのが怖くて乗れない
  • 電車のホームで待っていると、落ちそうな感じがする
  • 高所がとにかく怖い
  • 呼吸が苦しい(息がしづらい)
  • 誰かが背中の上に乗っているように、全身がダル重い
  • 右足に重りを付けているかのように引きずって歩く
  • 急に寒気がしたり、暖気がしたりして体温調節がおかしく感じる
  • ぐっすり眠ることができない
  • 日中は体調不良で寝て過ごすことが多い
  • 両手の指先が常に冷たい
  • 右腕に震えがある
  • 意識が体外に離脱したように感じる
  • 勉強しても頭に入らない(記憶できない)
  • 考えがまとまらなかったり、言葉が出てこなかったりすることがある
  • 何もかも興味が沸かない
  • やる気が高まらない
  • 自分の人生に失望している
  • 腰や首が慢性的に痛い

上記のような体調が毎日続いたので、中学3年生の頃はほとんど通学することができませんでした。

ほぼ一日中家で寝ているか、学校に行ったとしても保健室登校の状態でした。

中間・期末テストは特別に別室で行うことができましたが、試験勉強をほとんどすることができず、本来の力を発揮することができませんでした。

「苦しみから逃れられない毎日」に絶望しながら過ごしていました。

病院での精密検査の結果は!?

やはり身体のどこかに異常があると思っていたので、夏休み中に大学病院で精密検査をすることになりました。

その結果は・・・

  • 聴診器→異常なし
  • 血液検査→異常なし
  • 尿検査→異常なし
  • 心電図検査→異常なし
  • レントゲン検査→異常なし
  • CT検査→異常なし
  • (記憶が定かではないが)骨髄の検査→異常なし

どこにも「異常がない」のです。

しかし、自分はどう考えても異常な状態であることは確信していたので、頭が混乱してパニック状態になってしまいました。

「一体、自分の病気は何なんだ!原因不明の病になってしまったのか!?」

我も忘れて、病院で泣き叫びました。

(この病を一生背負って生きていくしかない?)

(自分の病気の治療法が確立されるまで待つしかない?)

泣いていてもしょうがないと考え、病気と共に生きることを決意しました。

パニック障害と診断されない時代があった

当時はどんなに検査をしても「異常なし」でしたが、現在だと「パニック障害」の診断をされていたと思います。

医療技術や心理学の知識が現在ほど発展していなかった時代には、パニック発作のメカニズムや治療法が十分に理解されていませんでした。

そのため、正確な診断がされずに、症状が見過ごされることが多かったようです。

現在では、パニック障害は広く認識されており、適切な診断と治療が行われるようになっています。

パニック発作を経験する人は、精神科医や心理療法士によって診断され、薬物療法や認知行動療法などの治療を受けることができます。

また、インターネットや書籍を通じて多くの情報が手に入るため、自己認識と自己管理の手助けにもなっています。

まとめ

今回の記事では、「私自身のうつ病とパニック障害の体験談」のシリーズ1について解説してきました。

次回、体験談のシリーズ2の記事では「パニック障害と私の高校時代」についての話をしていきたいと思います。

次回の記事
【体験談2】うつ病とパニック障害に悩む人生を告白!
【体験談2】うつ病とパニック障害に悩む人生を告白!

以上、最後までお読みいただきありがとうございました。

天津
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【働き方改革リーダー】YUMETO Me(ユメトミ)とは、心の不安や悩み、身体の疲れを抱える皆様に向けて、今日よりも明日をラクに生活できる情報を発信するセルフメディアです。心の病で休職・復職をした体験と、教員として培った長年のノウハウをもとに「働くをラクにすること」を提案します。
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